岡野バルブ製造株式会社
世界60ヵ国の発電所に100万台以上のバルブを納めてきた岡野バルブ製造株式会社(以下、OKANO)は、発電用高温高圧バルブ製造の高い技術と専門的かつ機動的なメンテナンス対応を強みに、バルブメーカーとしてのニッチトップを走り続けてきた。創業から1世紀近くが経ったいま、同社は、大規模プラントのDX推進をはじめとする大改革に乗り出し、未来型ものづくり企業へと成長を遂げようとしている。INDUSTRIAL-Xは、そんなOKANOの伴走者として、共に「ありたい姿」を描き、実態を可視化し、ソリューションを実装する。
改革の先に両社が見据えるのは、日本の設備産業全体の底上げだ。日本のものづくりの競争力回復と新たな価値創造を目指して一歩を踏み出した両社に、100年企業がDX推進を加速させた背景、プロジェクトの進捗、両社のパートナーシップによって「目指す姿」を聞いた。
(取材:加藤俊 / 文:宮原絵梨奈)
プロジェクト概要
クライアント名: | 岡野バルブ製造株式会社 |
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プロジェクト期間: | 2021年9月~ |
プロジェクト詳細: | ①全社クラウド化 ②工場、事務所のインフラネットワーク整備 ③工場IoT化(見える化) ④バックオフィスペーパレス ⑤社内の業務管理ツール導入 ⑥品証業務の効率化 ⑦原価積算システム化(見積自動化) |
クライアントの声
「バルブ業界のニッチトップから設備産業を牽引するDX推進プレイヤーへの軌跡」
岡野バルブ製造とは
約100年前の1926年に、官営八幡製鐵所(現日本製鐵)のお膝元、北九州市で創業した岡野バルブ製造(以下、OKANO)。国内で初めて高温・高圧バルブの製造に成功し、世界的に知られる存在となった。耐磨耗性・耐食性・耐高温酸化性に優れるステライト合金の弁座面への適用など、持てる技術の粋を注いで生まれた同社のバルブは、その後も国内外問わず数々の発電プラントに採用されていった。いわば、原子力発電所、火力発電所などの安定的運転を下支えしてきた存在と言える。
現在も、大型プラント向けバルブの製造・販売・メンテナンスなどを行う会社として名高い同社だが、シュリンクしていく業界のなかで「大きく変わらなければ、明るい未来を描くことは難しい」、そういった危機意識が同社全体にあったという。岡野武治社長は以下のように語る。
「日本のものづくりの価値喪失に対する強い危機感があります。バルブ業界をはじめ、日本の設備産業の現場では、職人的、感覚的なものづくりが未だ主流です。かつては高度な技術と品質を誇った日本のものづくりも、安価に製造できる海外製品の品質が向上したいま、その価値は失われています」。
発電所の高圧バルブを製造する業界のニッチトップとして走ってきた同社にとって、東日本大震災や気候変動を受けた外部環境の変化も、新事業創出を後押しする契機となった。OKANOのものづくり&人事統括を担当する石田仁取締役は、「このままでは、次の100年はおろか、10年後の存続すら危ぶまれる」と、危機感をつのらせていた。
同時に、これはOKANO一社の問題ではない。多くの基幹産業、製造業を含む、「いわゆる設備産業全体の話」と岡野社長は強調する。
通例、「変わる組織」と「変わらない組織」を分け隔てるものとして、業界トップの企業の方が変わることがより難しいと言われている。なぜなら、現状の在り方で結果を出し続けてきた事実と社員一人ひとりの誇りが社内風土に通底するからである。そういった意味でOKANOが変革できるか、そのハードルは高かった。
日本の競争力回復にはデジタル化と発想の転換が必須
今日、あらゆる産業セクターでDX推進が余儀なくされている。事実、昨日までは通用していた従来の在り方が急速に時代遅れのものとなる現象が至るところで散見される。INDUSTRIAL-X の八子知礼代表は、今もなお「多くの企業がDXを単なるデジタル化と履き違えてしまっている」と語る。それゆえ、既存システムが老朽化・複雑化・ブラックボックス化する中で新しいデジタル技術を導入したとしても、データの利活用や連携が限定的であるため、その効果も限定的なものに留まってしまうことが指摘されている。OKANO自身も例外ではなかった。新たなミッションを掲げ、従来とは異なる領域への挑戦を始めてはいるものの、自社だけでDXを推し進めるのは、先読みの難しいVUCA時代には難しいという判断があったという。
そこで、このほど同社の伴走者として改革に加わったのが、DX推進のプラットフォーマーINDUSTRIAL-Xだ。ここでいう「伴走」とは、理想形を提案するだけのコンサルテーションという範疇を超え、目指す姿の定義から戦略立案、実際の推進過程における社内定着化支援までをお客様に「伴走」することを指す。
両社は業務提携を結び、2022年から本格的にプロジェクトが動き出した。八子代表が、日本の設備産業について岡野社長と同様の課題感を抱いていたこと、両者が見据える未来のカタチが一致していたことが理由という。
「今後20年で日本の労働人口は大きく減るので、少なくとも20%以上は労働生産性を上げないといけない。きちんとビジネスを成立させて競争力を担保していこうとすると、おそらく30%から40%の生産性の改革が必要になる。DXの本質はその先にあるが、従来の競争力を維持するという観点においてもデジタル化は必須」(八子)。
ゴールは製造業向けプラットフォームを構築すること
さて、本題OKANOのDXに入ろう。OKANOのプロジェクトを担当するINDUSTRIAL-X鳥居は、本プロジェクトについて「OKANOのDX化がゴールではない」と語る。OKANOが抱える課題は設備産業全体の課題。DXが上手く運べば、そこで培ったノウハウは他社の課題解決にも展開可能になる。「私たちが見据えているのは、あくまで、設備産業全体の底上げにつながる製造業向けプラットフォームの構築です。デジタル化やシステム導入に困難を抱える他社が新しい顧客となることを見越しています。設備産業の変革のためという視点で、目下、工場のIoT化と社内システムのデータ連携を進めています」(鳥居)。
とはいえ、DX化の道のりは長く険しい。
INDUSTRIAL-Xは「コンサルというより伴走者」
大改革が始まろうとするなか、現場では、「何が変わるの?」、「悪いことが起こるのでは?」といった警戒感が高まっていた。そもそもOKANOは自前主義の強い会社であり、外部パートナーを受け入れることに否定的な考えがあったという。
石田さんは、当時の状況について以下のように語る。「当社はバルブ業界では最先端を走ってきましたが、外部環境の変化を受けて、変わらなければならないことを痛切に感じていました。それでも、モノづくりに対する強いこだわりもあり、工場の問題を自覚していたところに、八子社長が来られて問題点を的確に指摘してくれた。それが強く印象に残っていて、INDUSTRIAL-Xなら一緒に問題解決に向けて伴走してくれると確信しました」。
こうしてスタートした両社のプロジェクトだが、スクラッチで作られた社内システムには、今ではあまり目にしなくなった旧式のプログラム言語が使われるなど、デジタル化の遅れが目立っていた。自社のリソースでまかなおうとするものづくり企業特有のDIY精神が、同社にも根付いていたのだ。
プロジェクトが始動してからは、電子契約管理ツールのクラウドサインや、タスク管理ツールのAsanaを導入。徐々に外部リソースも活用したデジタル化を進めている。
「変革の兆しを現場にも感じてもらえているのではないでしょうか。今後は、9月頃に工場IoT化のPoC(概念実証)を実施し、10月にPoC評価することで2022年中には何らかの成果として現場にも実感してもらいながら、2023年に全体展開を進める予定です」(鳥居)。
OKANOの熱量は段違い。トップから現場までが「変えたい」に本気
OKANOがDX推進を急いだ理由のひとつに、サイバー攻撃の脅威がある。両社の協同に先立つ2021年4月、OKANOをランサム攻撃が襲ったのだ。システム復旧に数か月を要するなど、大惨事と言える事態だった。
プロジェクトメンバーに名を連ねるOKANOのシステム課の大庭智主任は、当時の社内における危機意識について、「現状維持の感覚が強かった」と、反省を口にする。「高い授業料でした」と苦笑しつつも、「攻撃を受けてからは、一人ひとりの防衛意識が格段に向上した」と、社内全体の意識の変化を語る。
サイバー攻撃から約半年後、同社で開催された講演での八子代表の話が印象深いと大庭さんは語る。組織も事業も外部環境も変化し続けている一方で、使っているITシステムが旧式のままでは、隙ができるのは当然のこと。現状維持は隙間を広げるばかりだ。「時代の変化に対応してこなかったデジタルの隙間、そしてアナログの隙間も認識した上で、隙間を埋める作業が必要になる」(八子)と、DXの必要性を説いた。
サイバー攻撃の痛手を知った同社は、デジタルから紙へと逆行するのではなく、むしろデジタル化の遅れを見直し、DX推進を加速させる方向へと舵を切ったのだ。
現在、両社の選抜メンバーが参加するワークショップでは、ITガバナンスについての検討が進められている。
これまで自前のシステムを構築してきたため、担当者の要件設定の得手不得手、システム課と各部署との距離感などが障壁となり、枝分かれした使い勝手の悪いシステムが乱立していた。
そこで、今後こうした事態を招かぬよう、何を、いつまで、どのように落とし込むかを関係部署にヒアリングし、「一段階上がったところでシステムの統廃合を進めていく」(大庭さん)方針だ。全社的に効果が高い取り組みを優先させ、9月までにクラウドリフトの完了を目指す。
定期的に開催されるワークショップに出席するごとに、鳥居は、「OKANOの熱量に圧倒される」という。「トップから現場まで、『変えたい』という強い想いが伝わってきます。毎回のワークショップでは、ひりひりした感覚を楽しみつつ、前進の手応えを感じています」。
一方で、ワークショップのメンバー以外にも目指す姿を共有し、全社的に浸透させるまでの道のりは半ばだ。
鳥居は、「ワークショップに参加しているメンバーには、『頼れる部分は外に頼って、浮いた時間をコア業務や自己研鑽に使っていきましょう』と、発想の転換を促してきました。しかし、ワークショップのメンバー以外は置いてきぼりにされていると感じている方もおられるかもしれません」と、現時点での課題を語る。
ワークショップの参加メンバーには、「最初はワークショップで出される課題の意味を理解するだけで精一杯だった人が、今では自ら咀嚼して考えたプロセスも示しながら回答するようになるなど、明らかな変化が見られます」と、大庭さん。ワークショップで知識を蓄え、思考を鍛えてきた参加メンバーたちの、各部署における浸透力に期待が高まっている。
実際、日常の業務を回している現場の反応は、どうだろうか。
まずは自社がモデルに。徹底的な可視化とデータ収集が目指すものとは?
生産技術部門の小久保達也さんによると、工場のIoT化の進捗状況は、設備稼働の実態を可視化する段階にあるという。「妥当な稼働率でモノが作られているか、必要最低限の人数で生産できているか、設備の稼働データを分析して、余力を可視化しているところです」(小久保さん)。
実のところ同部署では、2018年頃からIoT化に着手し、データ集積を試みていた。しかし、部署内にアプリやシステム開発ができるSEは不在、クラウドの導入もない中で、自前でデータの連携や分析をするには限界があった。
頭打ちにあって中断していたところ、INDUSTRIAL-Xとのプロジェクトが始動し、IoT化が再始動した。「設備産業の底上げ」を最終ゴールに定めた今、データ収集の目的も、自社の効率化に留まらない。業界全体が活用できるプラットフォーム構築のためのデータを提供するモデル企業として、稼働状況の可視化を進めている。
OKANOの工場で働く人数は現在、生産技術部門の社員を含め129人(庶務除く)。バルブ製造の生産量が減少を続ける中、これを100人以下の体制に縮小し、新たにニーズが生まれるところに人的リソースを移行していく考えだ。
INDUSTRIAL-XがOKANOにもたらしたブレイクスルー
ものづくり現場の誇り高き職人たちにとって、デジタル化や組織変革は必ずしも歓迎をもって受け容れられるものではない。DXを推し進める中でも、当然ながら抵抗はある。
石田さんは、かつてNC加工機のプログラムをパソコンで管理することになったときのことを、「現場の抵抗は凄まじかった」と振り返る。「パソコンに触れたこともない人に『便利ですよ』と言っても、『パソコンなんか使えるか』と返されてしまいます。でも、親身になって一緒に使っていくうちに、うまく活用されるようになりました」。
現場の納得を得ずして、DXの推進は不可能といっても過言でない。「目指す姿」とロードマップを共有し、根気強く伝え続けた先に、「これがないと仕事にならない」というほど現場にツールが浸透し、DXも円滑に進むのだ。
プロジェクトは工場のIoT化に向けて可視化を進めている段階にあるが、現場からは早くも前向きな反応が聞こえている。
これまで手書きで行っていた在庫管理を、バーコードを埋め込んだ発注札による管理へと見直したところ、発注作業の負担が大幅に軽減された。手書きと比べてミスもなく、いいこと尽くめだという。
「各部署の在庫リストを作るのは、そこそこ大変な作業でしたが、今では逆に現場から『こういうことがしたいんですが』と提案が出てくるようになりました」(小久保さん)。将来的には、発注システムをアップデートして自動発注に切り替えていく予定だ。
小久保さんは、INDUSTRIAL-Xとの協働によって「大きな壁が取り払われて、前に進めた」と、ブレイクスルーの手応えを述べる。システム課の大庭さんにとっては、「強い味方」であるINDUSTRIAL-Xが「エネルギー源」になっているという。
OKANOとINDUSTRIAL-Xのプロジェクトメンバーは、今や互いを「運命を共にする仲間」と呼び合うほどの信頼感で結ばれている。高い熱量を放ちながら急ピッチで進行するプロジェクトは、「日本の設備産業全体をDXで底上げする」という共通のゴールに向かって着実に歩みを進めている。
まとめ
価格競争や最終的な製品・生産物だけで勝負してきた旧来のものづくりの在り方も、変化を迫られている。新たな価値を生むには、デジタル化を前提としたマインドセットの転換が欠かせない。工場のデジタル化で生産現場の効率化が進めば、製品の製造そのものに割いていた人的リソースを新たな事業やより創造的な営みへと移行し、「ものづくり」の枠を広げられる可能性がある。例えば、「かつて工場の現場で活躍していた人たちが、その技術を使って外部会社のアドバイザーやコンサルとして振る舞っても構わない」とは、八子代表の弁。製造現場でのバックグラウンドを持つ人材は、同じ製造業で課題を抱える他企業に対して、DX推進によるソリューションを説得的に語ることができるだろう。金属のバルブで最適な流れを高度に制御してきたOKANO。将来的には、水、油、空気から、場合によっては情報、ノウハウ、人材まで、世の中のありとあらゆる「流れ」を制御し、最適化し、自動化していく企業へと生まれ変わることだって可能と説いている。
実際に八子代表も、「品質と高度な仕様を要求されるものをうまく作る、そういったスペシャリストだと定義すれば、素材は何になってもいいし、一緒に組むパートナーも格段に広がるのでは」と語っている。
「自らが徹底的に変化を体現することで、設備産業のデジタライゼーションに貢献したい」と力を込める岡野社長。100年近い歴史の中で培われたOKANOの“The Spirit of”は、設備産業全体の底上げをリードする可能性を秘めている。
フェーズで見るDX
<POINT>
OKANOでは、プロジェクトの立ち上がり時点でDXの本丸「DX2.0 事業構造変革(新規事業確立)」を見据えたロードマップを描くことで「なりたい姿」を常に掲げています。
DX推進において「目指す姿がわからない」企業は往々にしてプロジェクトの方向性が定まらないし、「目指す姿はあるが、共通認識できていない」企業はなかなか足並みが揃いません。
現場が熱心にDXを推進することは素晴らしいですが、経営目線で「自社がどうなっていくべきか」をしっかり掲げることがかなり重要です。
IXの伴走型支援
①ワークショップによる「目指す姿の定義」「現状の課題の棚卸」
②課題抽出から着手の優先順位付け、ロードマップ策定
③社内向けDXセミナー
④ITソリューションの選定、調達、定着化支援(Resource Cloud)
<提案商材> Resource Cloud掲載ページにリンクします。